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ブログを書き始めたきっかけ。宗像大社と書籍「出雲王国とヤマト政権」

宗像大社辺津宮

今思えば、神社仏閣のブログを書き出すきっかけとなった神社がある。

その神社とは、世界遺産としても有名な宗像大社 辺津宮だ。

本州で生まれ育った自分は北九州に住んでも「車を買ったらみんな宗像大社にお参りに行くのはなぜ」と思うだけで、なかなか足を運ぶことはなかった。

むなかた道の駅に買い物に行くようになってから、ようやく宗像大社を訪れてみて。

宗像大社 辺津宮
宗像大社 辺津宮
宗像大社 辺津宮
宗像大社 辺津宮

そこは日常と違う景色が広がっていた。

「こんなに綺麗な場所だったのか!」と驚き、神社仏閣内の景色を撮り出すようになった。

Web関係の仕事をしたいのでカメラは扱っていたけど、趣味ではなかった。

それが撮影を楽しく感じるようになった。

宗像大社辺津宮から宗像大社の近くの鎮国寺、織幡神社、大島の宗像大社 中津宮、宗像大社の元宮と言われる光岡神社へと。

歴史は広く深く幅広くつながり終わりがない。

宗像大社 辺津宮

そのうちに宗像大社が始まる前の歴史について、知ることができた。

出雲王国とヤマト政権
-伝承の日本史-

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古代に活躍した宗像一族の祖とは、古代日本を長く平和に統治していた出雲王国の王「大国主」であり

大国主の妻は多岐津姫命(湍津姫神)
大国主の片腕あった副王・事代主の母は多紀理毘売命(田心姫神)
大国主と事代主を陥れた一派のリーダー「徐福」の妻が市寸島比売命(市杵島姫命)

と書かれていた。

文章で残すと改竄される恐れがあるからと、出雲王国の子孫が口頭で語り継いだ歴史。

宗像三女神は、実在していた?

この本を読み、宗像族と出雲族、物部氏との関連がおぼろげだが理解が進んだ。

やっぱり歴史は面白い。

でも本を読むと、なかなか難しい。

仕事がら、文字に慣れているはずの自分でも歴史書は読み進めにくく、根気強く読まないと理解できなかった。

それがどうにも勿体ないと感じた。

「こんなに面白いことをもっと多くの人に知ってもらいたい」

自然とそんな気持ちが湧き上がるようになった。

それがこのブログを始めた理由の大きな一つだ。

 

2021年6月以前の記事は、雑記ブログ「webkoblog」から移行したものです。
より分かりやすくするためにテーマを特化してこのブログを始めました。