福岡県の神社仏閣

豊前市下川底|宇佐神宮にとって重要な儀式が行われた白山神社と大楠(クスノキ)

豊前市下川底・白山神社

豊前には楠(樟・クスノキ)の大木が、いくつもあります。

豊前市下川底の白山神社の大楠もその一つ。

ちょうど立ち寄れそうだったので行ってきました。

白山神社と大楠

豊前市下川底・白山神社

川沿いの道を求菩提山方面に進むと大きな楠が遠くからでも見えます。

まるで森のようですが、ほぼ一つのクスノキです。

(駐車場は写真右側)

豊前市下川底・白山神社 駐車場

神社の駐車場は「下川底大樟農村公園」のもののようです。

豊前市下川底・白山神社

駐車場から大きな楠を目印に歩いて行くと、大きな楠が姿を見せてくれます。

豊前市下川底・白山神社の大楠

根の張り方といい、すごい迫力です。

神社内には貴重な「白山神社石造如来形座像(残欠)」も祀られている

豊前市下川底・白山神社の祠

クスノキの左側を登っていくと、祠があります。

祠には如来形座像片が祀られていました。

白山神社石造如来形座像(残欠)
豊前市公式ホームページから画像引用
https://www.city.buzen.lg.jp/kanko/miru/bunkazai/07.html

平安時代の作と考えられる仏像で、石造品としてはこの頃一般的に見られる磨崖仏ではなく、本体及び台座を単独に彫り出した単独仏という点で珍しい例と言えます。こうした例は県内はもとより石造美術の本場大分県でもあまり類例を見ることが出来ず、極めて貴重な資料です。
この白山神社の対岸には古く流泉寺というお寺があり、如来形座像はもともとここに安置されていたと言われています。
ほとんど原形をとどめていないため全体像は分かりませんが、わずかに残された頭部や胸部、台座などから秀麗であったであろう往時の姿を偲ぶことが出来ます。

豊前市役所公式ホームページから引用
https://www.city.buzen.lg.jp/kanko/miru/bunkazai/07.html
 

岩に刻む石仏「磨崖仏」が一般的だった平安時代の作で、このような単独の石仏が掘り出されるのは珍しいとありますね。

もともとは白山神社の対岸にあった流泉寺というお寺に安置されていたもののようです。

宇佐神宮で最も重要な祭りの神事が大楠の下で執り行われる

豊前市下川底・白山神社

白山神社と大樟

福岡県指定天然記念物
一九五六年七月二八日指定

白山信仰は、全国各地に広く分布を見せ、白山神社の名を頂く神社は、二七〇〇余りに及ぶという。本社もその一つで、祠に納められる如来形座像片は、全国的にも珍しい石造の単独仏である。
ところで、宇佐神宮の式年造営は、元慶四年(八八〇)に始まるが、この時杣山が定められ、その安全を祈願し杣初めの神事が行われる。本社境内の大樟の下で、この杣初めの神事が行われるようになるのは応永年間以降で、宇佐神宮ニ之御殿の造営に纏わる神事が行われるようになった。また、放生会と並んで、宇佐神宮で最も重要な祭りとされる、行幸会の際にも、この大樟の下で神事を執り行っている。
さて、この大樟は相当老齢のもので、樹高三一・五米、胸高周囲は一三・八米を測る。幹の東北側は根上りが見られるものの、全体の形状は美しく、地上五米付近から南北二又に分かれる。枝は全体に大きく開き、その勢いは全く衰えていない。

看板より
 

白山神社の看板を読むと、「式年造営」「杣山」と見慣れない言葉が書かれていました。

言葉の意味から調べてみると「式年造営」とは一定期間ごとに神社を作り替えること。

「杣山」は建て替え工事のための木材を切り出す山を表します。

「杣始め」とは工事の安全を祈願するための祭事でした。

この看板に書かれていることをまとめると

  • 宇佐神宮の式年造営が始まったのは元禄四年(1880年)この時杣山が決められて杣始めの神事が始まる。
  • 白山神社の境内である大樟の下で杣始めの神事が始まったのは応永年間(元号の一つ。1394年から1428年ま)で)以降。宇佐神宮ニ之御殿の造営のために神事が行われた。
  • 宇佐神宮で最も重要な祭りは「放生会」と「行幸会」。「行幸会」の際にも大楠の下で神事が行われている。

宇佐神宮ニ之御殿とは

白山神社での杣始めの神事は宇佐神宮ニ之御殿の造営のために行われたようです。

ニ之御殿に祀られているのは比売大神、すなわち多岐津姫命(たぎつひめのみこと)・市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)・多紀理姫命(たぎりひめのみこと)の宗像三女神です。

しかし宇佐神宮の御祭神について本当は誰を祀っているのかは公にされておらず謎と言われています。

宇佐神宮の「比売大神」は宗像三女神と言われていますが、本当は豊玉姫(卑弥呼)だったという説があります。

むなかたを調べる電子データベース「むなはく」にもその根拠が述べられていました。

これからの、そしてこれからのむなかた電子博物館を多方面から語り尽くす「座談会 むなかた電子博物館をあなたはどう思いますか?」を中心に、宗像神信仰研究の続編となる「宗像と宇佐の女神、そして卑弥呼」を収録。あなたの知らない電子博物館を知ることができる1冊です。

むなかた電子博物館 紀要 第9号 増刊
 

こちらのPDF内の論文「宗像と宇佐の女神、そして卑弥呼」です。(詳しくはぜひリンクからご覧ください。)

宇佐神宮の主祭神が「卑弥呼」であると前提すると、様々な疑問が解ける気はします。

もしそうであればこの白山神社も卑弥呼(豊玉姫)と関わりがあるのかと想像しました。

最後に豊前市公式ホームページから

宇佐神宮の杣始めの掛札及び箱一口
宇佐八幡宮式年造営による杣始めの儀式は、古来第一殿が築城郡本庄の大樟のもとで、第二殿は豊前市白山神社大樟のもと、第三殿は三光村斧立八幡大樟のもとで執り行われました。樟は八幡神の神木とされ、神霊の宿る樟の大樹に造営が無事に行われることを祈願したと考えられています。
安政二年(1855)には、造営のための木材を調達するための杣山が求菩提谷の山中に定められました。その御世話役は上川底、中川底、下川底、大河内、下河内の五地区で、儀式は白山神社で厳粛盛大に行われました。本資料は儀式にともない諸役の位置を示す掛札で、造営の様子を知る上で大変貴重な資料といえます。

豊前市公式ホームページより引用
https://www.city.buzen.lg.jp/kanko/miru/bunkazai/06.html
 

杣始めの儀式が行われていた大樟が分かりました。

  • 第一殿:築城郡本庄の大樟
  • 第二殿:豊前市白山神社大樟
  • 第三殿:三光村斧立八幡大樟

白山神社へのアクセス

〒828-0075 福岡県豊前市下川底