豊前市上川底・貴船神社に行ってきました

豊前市上川底・貴船神社

ナビの目的地を間違えてしまい、佐井川沿いの道を上流に向かって進んでいくと思わぬ場所を見つけた。

豊前市上川底・貴船神社

そこはちょうど藤の花が咲き出していた河川公園と古そうな神社があった。

轟フジ農村公園のそばの貴船神社

川は佐井川と看板に書かれていました。

佐井川は豊前市上川底轟を源流とするようです。

神社には看板などなく、Googleマップにも何も情報がなかったため詳細は分からなかったが、豊前市公式ホームページから轟(上川底)の貴船神社であると推測しました。

豊前市上川底・貴船神社

神社の下側の駐車場があったのでそこに停めました。

豊前市上川底・貴船神社

駐車場から少し離れた場所で神社を眺めると大きな木が二種類、高く広く枝を伸ばしているのが見えました。

立派な木です。御神木でしょうか。

豊前市上川底・貴船神社

神社の中には古い小さな祠が並びます。

祠と祠の間には

豊前市上川底・貴船神社

古い神額が埋められていました。

何か書かれているようですが、読むことができません。

神社には大きな舞台がありました。

「大村神楽」が奉納されていたようです。

大村神楽とは

この貴船神社で奉納されていた神楽の動画です。

大村神楽講とは
京築地方に伝わる神楽は、天台宗修験道の影響の湯立や、豊前修験道の松会行事である幣切りが神楽の演目として取り入れられている。大富神社では江戸時代以前から神楽が奉納されていることが伝えられている。また江戸時代に入ると祭礼などの際に社家により奉納されていたことが文献資料によって明らかになっている。大村神楽講が伝承している祝詞によると、湯立は熱湯を浴びたり、火を踏んだりして身の潔白を証明した、古代の神聖裁判に因っているくだりがある。豊前神楽を伝承した神楽講の一つの大村神楽講は、1677(明治10)年頃大富神社の清原宮司が氏子たちに伝えられ成立したといわれている。なお、大富神社には、次のような神楽に関する文献資料がある。「1719(享保4年)岩戸神楽帳、1750(寛延3)年山田宮宝剣治国神楽諸銘記、1791(寛政3年)宝剣治国神楽番組、(年次不詳)宝剣治国神楽由来、(年次不詳)神楽解説、(年次不詳)神楽秘伝書」。

ふくおか民俗芸能ライブラリーより
 

大村神楽の発祥は大富神社であるとこちらの記事に書かれています。

神楽によって奉納する神社は定まっているのでしょうか。

豊前市今市の事代主神社でも大村神楽が奉納されているようです。

貴船神社の御祭神とは

この轟の貴船神社には看板などはありませんでした。

何か情報は無いか探していたら、豊前の貴船神社の祭神のことが書かれた記事を見つけました。

一般的に貴船神社の祭神は高龗神・闇龗神と言われています。

見つけた記事では貴船神社の元々の祭神は「瀬織津姫神」ではないかと伝えていました。

普賢窟には「水分神」がまつられていたとあり、ここでは、その水神(水分神)の名は語られていませんけれども、ここには「岩瀧大明神」がまつられていました(近世末に成る「諸堂記」)。その祭祀の祠は「岩瀧宮」と呼ばれ、『文化攷』は、明治期初頭の文献から、次のように神の名を明かしていました。

岩瀧宮  瀬織津姫命

求菩提山頂・白山権現の足下に、「瀬織津姫命」という白山祭祀の本源神の名がみられるというのは、実に貴重です。

(中略)

 犬ヶ岳の霊神は「鬼神」とみなされていましたが、これは、天皇を中心とする律令的国家構想と連動している伊勢の皇祖神祭祀を相対化する神でもあったからです。まさに「王政復古」的に近代天皇制を国家構想の基本に置いて動き出した明治政府(の神祇思想)が、そういった「鬼神」祭祀を容認するはずもなく、明治十三年二月に成る「神社明細書」からは、「瀬織津姫命」の名は消えることになります(『文化攷』)。

月の抒情、瀧の激情 「求菩提山・岩岳川の守護神──鬼の供養のために」より引用
 

求菩提山の五窟の中で最も重要な霊窟とされた「普賢窟」に祀られた「岩瀧宮」の祭神は瀬織津姫であったと明治初期の文献に綴られていたというのです。

瀬織津姫命は神道の大祓詞(神道の祭祀に用いられる祝詞)に登場する神ですが、日本書紀や古事記にはその名について記述がありません。

歴史から消されたのでは無いかという説があります。

 ちなみに、昭和十九年発行『福岡県神社誌』は石清水八幡神社(当時は千束神社)の項で、「瀬織津姫命、高靇神、素盞嗚命は大字廣瀬字ワサ田村社貴船神社として祭祀ありしを同(明治)四十三年十月八日合併許可、高靇神は同一祭神に付合霊す」と書いています。
 いずれにしても、貴船神の古祭祀として瀬織津姫神の名がみられます。貴船神社の祭神は、現在、一般的にはタカオカミ・クラオカミといった名で語られることが圧倒的に多いです。しかし、石清水八幡神社のほかにも、たとえば、宗像大神の祭祀者である宗像大宮司が、かつて自身の守護神として私祭していた貴船神にも瀬織津姫神の名がみられますから、この神を古層あるいは本来の貴船神とみることに不都合なことはありません。
 明治期以降、求菩提山の表層祭祀からは消えた岩岳川の水源神の名を、貴船神として現在にまで伝えつづけている石清水八幡神社の存在は特記に値します。その気骨ある祭祀思想が見え隠れしているのは、当地がなるほど「鬼の里」(『豊前地方誌』)であったことを告げてもいるようです。

月の抒情、瀧の激情 「求菩提山・岩岳川の守護神──鬼の供養のために」より引用
 

明治政府が求菩提山から消した瀬織津姫の名前を石清水八幡神社は伝え続けたと書かれています。

例え大きな権力であっても、本来あったものを完全に消し去ることは難しいのかもしれませんね。

豊前市上川底・貴船神社のアクセス

貴船神社(轟)
〒828-0077 福岡県豊前市上川底

豊前在住のフォトライターです。豊前市・中津市・宇佐市・豊後高田市及び周辺のおすすめグルメやお土産、スポット、役立ち情報を伝えています。インスタグラムでは主に動画を発信。フォローはお気軽にどうぞ。




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